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Posted by だてBLOG運営事務局 at

2015年05月19日

お金にも日々感謝しよう


お財布が汚れていませんか。
お財布が汚れていたり、くたびれている時は、
自分のお金回りがよくない証拠。

お金を大切にしようという気落ちが欠け、
きちんと向き合えていないということ。
お金は暮らしを営む上で、大切なツール。

その大切なツールが汚れていたり、
くたびれたままにしておきながら、
自分のお金回りの悪さを嘆くのは本末転倒。

お財布は大切なツールをしまっておく場所なのだから、
いつも清潔に整理整頓し、
手入れをしてあげることが大切。

お金にも日々感謝しよう。
感謝の気持ちがあれば、
自然とお財布も手入れしたくなるはず。

今日も「エノキポスト」に来てくれて、
本当にありがとうございます。
ごく平凡な人間として、 日々の暮らしをきちんと。

*記載のエッセイなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます*

◎エノキポスト編集長からのご挨拶
今日も数あるブログの中よりご訪問いただき、本当にありがとうございます。
本ブログを主宰するエノキポスト編集長の「榎木みつる」と申します。
本ブログを通じて、少しでも皆さんのお役に立てられれば、本当にうれしく思います。

◎エノキポストのコンテンツ|今日の黒鉛筆とは
エノキポスト編集長が日々の暮らしの中で、感じたことや考えたことをコツコツ更新するエッセイみたいなもの。ちょっと肩の力を抜いて、リラックスしながら、日々ご閲覧頂ければ幸いです。

◎エノキポスト編集長の近著
≪心地いい暮らしを創るための100円で買える電子文庫シリーズ≫
発売以来、毎月地味に売れ続けているロングセラー書籍です。テクニック的なことではなく、「考え方」に重点をおいたシンプルで簡単な心地いい暮らしに役立つノウハウ本シリーズです。サラッと30分位で読める文量で、今後も続々と刊行予定。  


Posted by Pir at 18:10Comments(0)life

2015年04月09日

感謝與你的相識,相知,相惜

等,一個春暖花開,等一個嬌欲醉,花映舞衣,逶迤而飄,快要落盡的“梅”去了,窈窈窕窕“桃花”回;等一個青楊柳慢慢歸來“語不飛”,初春綠野繁花似錦萬木春,月圓星稠,韶華靜好。與你惜一場春暖花開的嫣然怒放,與你惜一路 相隨的溫馨唯美。.......題記。

等一寧靜溫婉,一縷安然於心,nu skin 如新不再是清冷孤寂。等,人生需要等的太多,卻不把等看成可怕的事情,等,一首心田裡的詩韻,潤色潤香清麗而恬淡。

似水流年,“則為你如花美眷,似水流年,是答兒閑尋遍,在幽閨自憐”等,是如此美好伴著些許的憂傷,等待花兒開, 綠葉成蔭-溫暖的是心,等遠方的人兒,雁歸來,等,將似水流年裡的每一個唯美與悲涼畫面盡收,閱盡世間的美好和憂愁。

等,為誰一抹微笑,一點顰顰眉彎在喜,幸福和愉悅映影於眼簾。奢望,與你用一個耕田人所具有的詩情,搭起茅屋,用素筆描繪未來,暢想前景,蕩滌飄煙嫋嫋的渾濁,走向心與心的約定。這裡,金錢不值一文,身無分文也會用愛的柔情洗去憔悴和不寧洗去芸芸紛爭。

等只是等待一朵花開般的輕盈,一卷心語,朵朵合歡,和韻天地,紅塵陌上,相約與你,淺淺如歌,用心呵護,不會改變人生路漫漫征程,千年的輪回,在歷史的長河裡只是一瞬間,領悟依稀幾千年的古人的智慧才情,他們的音容笑貌,仿佛就在昨日,人的生命也只是一朵花開花落的短暫,等就更應該珍惜,莫要輕浮的隨意放棄,康泰失去了不會再回來。

等一份相遇,相知,相惜,等一個前生今世的緣分。風風雨雨的邂逅,對等的認識更加凝重,是歲月姍姍裡不可缺少的風景,對等的看法不同,就有了不同的選擇,等,是歲月素箋裡豐盈的一筆,等來春色滿園,等“春風春雨花經眼,江北江南水拍天”......黃庭堅。是你最傾心的選擇無怨無悔的等下去。等你,在似水流年;等你,在浮華曼舞的罅隙。

誰也不能逃避人生必要的經歷的等,由少年不諳世事等待長大,由書生意氣等待成熟,成名,成功。等春意滿園洞房花燭夜,金榜題名時。由青蔥歲月的懵懂,遇到心怡的青梅竹馬,傾城青澀的等,盼來信,盼來電,只怨相聚太少,離散居多,等一個天長地久,等一個地老天荒,縱然沒有了期許,沒有了想像中的美滿,也不懊悔下去。

等待一個不會是渺茫,等一個是希望中的希望,等一個轉身回頭,不會覺得等的太久,也沒有獨自忍受這種難耐的苦悶的感覺。

傾生用最大的耐力和承受力來等,人生不知道需要多少時間用來等,不管用多少時間來成就這等待,即使花兒謝了又開,燕子飛去又來,也不會放棄等,而生命恰恰是由寶貴的時間構成,等是如此珍貴難尋。所以,有的人能夠忍受分離而經不起等待,等得太久,等不下去,寧可做一個負心人,不再等下去,分離是一種選擇。或者,姍姍來遲,絕不心急,如新香港總是讓別人等待他。

等錯了的時候與等對了的時候都很多,等錯了是一種歷練,你會變成凋零飄散的落花,再也回不到最初的美,無從打撈的歲月裡你與他的曾經從指縫間溜走,那一刻,你的心碎了,潰不成軍,卻只能爬起來,繼續向前。

等對了,釋然的心,沒了那份憂鬱和黯然,在人生的注腳裡,把這份幸福融入生命,流淌在心脈之間,似水流年,一縷花香,一路安暖,終於等來剛剛好的幸福。當歲月的痕跡刻在了臉上,風霜雪雨的皺紋爬上了額頭,回憶這傾盡一生的等待,終於等來了不悔的柔情幸福,在記憶的書箋裡有你等的執著不倦,有那輕柔的筆在落花的香痕上寫下的幾行暖暖的文字,寫下傾國傾城的相思,寫下那暈開的淺淺記憶,與你還原到如初的相約美麗,等,似水流年,等一個春暖花開。曾璧山中學感謝有你的日子,感謝與你的相識,相知,相惜。
  


Posted by Pir at 12:31Comments(0)life

2015年02月16日

コナン・ドイルは

どう考えても、これが「妥当」であると考えられるものを支持して、
それ以外の考え方を排除される傾向がある。
たとえば、一つの社会問題などが発生したときに、
テレビに出てくる評論家などは、その問題に対して、
おしなべて、それが「妥当」だろうということを紹介する。
変な考え方を示す評論家もいるが、たいてい「正論」だと思われる考え方が示され、
番組を終わる、というところだろう激光脫毛

『名探偵シャーロックホームズ』のストーリーの構成は、
補佐役となるジョン・H・ワトスンが事件の状況証拠を探り、
一つの推理を語り、それをシャーロックホームズが天才的な推理を働かせて
奥に潜むナゾを明らかにするという形をとっている。
映画化されたりドラマ化された「シャーロックホームズ」の場合、
このワトスンを愚か者に描いている場合があるが、
原作者のコナン・ドイルは、むしろ知的な紳士として描いている。
ワトスンの考え方は、(本業が医師らしく) 状況証拠をこまかく検証し、
誰が見ても正論だと考えられるところから、推論していくが間違っていて、
シャーロックホームズが一枚上手で、違う角度から見事にナゾを解く、ということになる。

コナン・ドイルは、『シャーロックホームズの冒険』の中(「ボスコム渓谷の惨劇」)で、
してやったりと思わせる文章を書いている升降桌。それを紹介すると、
「状況証拠というやつ、すこぶる油断のならないものでね。
疑いなく、ある一つの点を指していると思えるときがある。
ところがね、一歩退いてほんのすこしちがう見地から見なおすと、
まったく同じ確実さでもって、全然別の方向を指しているようにも思えてくるのだ」とある。

最近は、フランスの経済学者トマ・ピケティ氏が大人気だ升降桌
著書『21世紀の資本』は、世界各国で翻訳され、今や時代の寵児になっている。
彼の説明は、「資本収益率」は「経済成長率」よりも大きい。
それによって富の集中が起こることを、明らかなデータをもって示した。
この資本をいかにすべきか、というところ電動桌
彼が示したデータは正しいと言える。まさに彼の考え方は「正論」ということになる。
これを見て、聡明なるワトスンならば、諸手を上げてこれを受け入れるに違いない。

ただ、シャーロック・ホームズならば、これをどう解くだろうか?
  


Posted by Pir at 12:29Comments(0)life

2015年02月10日

奇蹟って案外

「わたしはオウムを理解しない」河上和雄さま
今朝のニュースで、河上和雄様の訃報がされていました。
心からご冥福をお祈り申しあげます。テレビや新聞や本など
著書で知りありがたい。爽やかに厳しく温かに感じられ尊敬
してました。これもまた、私にはよき出会いでありました。

中村天風師の言葉如新集團
人間五十五億の中で、一生に何人の人と出会えるか
考えてみても、他人とともに居ることは、これまた感謝
の対象になろう。千年さかのぼってみると、あなたの
両親、各々の両親とたどっていくと、五兆人を超える
という。いまここに生きることじたい奇蹟ではないか。
ありがたいことだ。

あなたへのメッセージ
当たり前が奇蹟なんだね

ほんとうだよね如新集團
あたりまえのなかに
多くの奇蹟的なことがある
過去も未来も現在もね


奇蹟って案外
自分にはないなんてね思う
だけど深く思い深く考えると
わからないもんだわ

-------------------------------
「好き嫌いで決めろ」
河上和雄著より

私はオウムを理解しないcellmax 團購

95~96年に世間を揺るがせた大事件にオウム真理教があります。私も
コメンテーターとして関連のテレビ番組などに出演しました。なぜ多くの若者
が、しかもある程度の教育を受けた若者がオウム真理教に魅かれたのか。
何年も経った今、私はこう考えます。

信者に共通していたのは「神秘体験」を経験したということ、それから超
能力に対する強い憧れでした。

彼らは物質文明の極めて発達した豊かな時代に、経済力が唯一の価値基
準という社会のなかで育ってきました。若者はえてして経済力をもたないもの
です、その価値基準に当然不満をもつでしょう。経済力が仮にあったとしても
そもそも人間はそれだけでは救われないものです。彼らが受けてきた教育は
経済力に価値を置くアメリカ的価値観に基ずいたものですが、やはり根底に
は日本人の伝統的価値観がある。そのギャップを感じていたのでしょうnu skin 如新

とりわけ超能力や神秘体験を売り物にする宗教なら、なおのこと不満のは
け口として魅力的だったに違いありません。彼らが一様にに言う「神秘体験」
も、その気持ちがあるからこそ何でもないことを神秘体験と思いこんだに過ぎな
いのです。超能力を身につけば特別な人間になれる。人生を支配できると思う
のは、経済力さえあればいいという従来の功利的な価値基準と同質です。  


Posted by Pir at 17:33Comments(0)life

2015年01月19日

五十代前半

二年前ぐらいに、同じような記事を書いたのだけれど・・・。たとえば、年代ごとに「私が似ている俳優」が、少しずつ変わって来ている。

二十代 松田優作 ただし、松田さんを小さくした松田さん。で、女友達が、「イサオもさぁー、後五センチだわね」「あっ、身長ね」「うーーーん、足が後五センチ長ければねぇー」=俳優になれた升降桌。じゃかぁーーーしぃーーー。

三十代 田村正和 最年少課長の後光もあったかも、よく似ていると言われた。えっ? いい意味じゃないの? 分からん。

四十代 役所公司 を、女っぽくした感じ、だって。よく分からん。まあ、確かに似てはいるけれど、役所さんの方が、ずっと、体格がいいし、男臭い、つまり、ずっとセクシーである。

五十代前半 ジャッキー・チェン ただし、体と財布の貧弱な・・・、だって。じゃかぁーーーしぃーーー。

で、現在。母方の伯父さんに超似ていると言われる電動桌。伯父さんは、今年で九十歳。絵描きなんだけれど、一家五人は養えないから、定年まで県庁に勤めていた。非常に真面目な勤め人であり、狂気の絵を描く凄い人である。二束の草鞋をずっとやってきた人である。定年後は、もちろん、絵、旅行、遍路さんと動き回っている。今でも、電車バスに乗らずに、町中は徒歩である。

伯父さんは、とても、お洒落である。絵描きだから、着ているもののセンスは抜群。伯父さんと私が二人でサングラスして、妹を中華飯店の前で腕組みして待っていた。妹到着。「げっ、親子だぁーーー。うちの父親より伯父ちゃんにそっくりぃーーー」だって。

妹の分析では・・・、二束の草鞋、真面目と狂気、酒飲み、ベースケ曾璧山中學、根が優しい、非常に似ているそうである。

伯父さんには、日本へ帰るたびに必ず会う。必ず、私のコンサートを聴きに来てくれる。「いやぁーーー、イサオ君の音楽は、俺にはよく分かるんだよ、体全体で弾いている姿がいいなぁーーー、あなたは、ピアノのバン・ゴッホだよ」。

伯父さん、絵の色々な賞を取っているし、なんかの週刊誌の表紙絵も描いていたから曾璧山中學、もしかすると、目に留めている方もいらっしゃるかも・・・。でも、伯父さん、絵、気に入った人にあげてしまうから、画商は仰け反り。家に一枚も絵がない。
  


Posted by Pir at 18:08Comments(0)life

2014年12月10日

見るコツもある

夜空を見上げると、晴れ渡った寒空にシリウスやオリオン座が輝いて見え、
いよいよ冬だということを実感する。

寒空の中に眼にしてみたいと思うのは、りゅうこうつ座のカノープス(Canopus) 。
この星、全天の中でもシリウスに次いで2番目に明るい恒星。
ならば、よく見えることだろうと思うが康泰導遊
別名「南極老人星」とも呼ばれるように、
南半球では難なく明るく見える星だが、北半球では、なかなか見づらい星。
この呼称は中国発祥。
古都・洛陽でこれが見えると天下泰平の兆しとして見られていたようだ。
またこれを見れば王賜豪醫生
長寿になるという言い伝えもある。
とは言え、実際に、低くしか見えず、なかなか見ることができない。

見るコツもあるLED屏幕租賃
かの全天で一番明るい星、シリウスが南中したその線を真下に降ろしていけば、
水平線上にわずかに見ることができるかもしれない。

星の位置が低いと夕日が赤く見えるように、
このカノープスも赤く見える康泰領隊
そのせいか、別名、酒吞み星とも言われる。

酒吞みで、なおかつ長寿とは、何ともめでたい星とも言える。
  


Posted by Pir at 11:51Comments(0)life

2014年12月04日

これは

「時よ止まれ、お前は美しい」

これは、ゲーテ『ファウスト』の一節。
ファウストが悪魔メフィストによって
魂を奪われる”瞬間” をあらわすキーとなる言葉だが、
ファウストの物語の展開など升降桌、与(あずか)り知らないという者にとっても、
この言葉を見ただけで
瞬時に人の心をとらえてしまうインパクトのある言葉でもある。
この言葉が人の心を捉えるのは、
瞬間という”時” の不思議を、誰もが心の中に感じているせいかも知れない。
考えてみれば、多くの出逢いや別離も、
"時"というものが織りなす瞬間の美とも言える。

今日、宇宙に向けて「はやぶさ2」の打ち上げがあった。
ロケットの打ち上げは成功した模様で帳篷租賃
これから6年かけて、52億キロメートルに及ぶミッションを果たすことになる。
今日の打ち上げは、午後1時22分4秒という
何とも細かい数字がならぶ時間。
午後1時00分とか、キレのいい数字の時間に打ち上げればいいものを、
と思うのはシロウト考えのようだ。
新聞記事によると、
打ち上げがこの時間から1秒でもずれると康泰領隊
軌道修正のため余分な燃料を必要とすることになり、
また、今月の9日までに打ち上げなければ、
今回のような好条件が揃うのは、10年後となるという。
まさに”瞬間” が大切という事になる。

打ち上げの様子は、写真だけでしか見ていないが、
青空の中をロケットが康泰領隊、ゆるぎなく宇宙に飛び立っていく姿を思い浮かべる。

「時よ止まれ、お前は美しい」
  


Posted by Pir at 15:47Comments(0)life

2014年11月19日

主人公の初老の紳士は

名作と名高い、小津安二郎監督の最後の作品。
私が生まれた1962年に発表された、ということが個人的に嬉しい。
話に聞いたり、細切れのニュース映像などを見て、
頭に想像していたあの頃(昭和中期)の康泰導遊
日本の姿の一つがじっくりとそこにあり、懐かしい気持ちになった。
笠智衆や中村伸郎から滲み出る、知性と気品が心地良かった。

のんびりとして、淡々とした日常を描いた、落ち着いた映画である。

けれども、そこには諸行無常という現実の厳しさや、
生きることの様々な凄みが、凝縮して隠されている。



主人公の初老の紳士は、地位的にも経済的にも安定した、
中流家庭の主康泰導遊
妻を早くに亡くしたものの、今は、長男が結婚して独立し、
24歳の長女と大学生の二男と、三人で暮らす、
満ち足りた幸せのただ中に居る。

けれども、恩師父娘に再会し、美人で可愛かったその娘が、
亡き母親代わりに、父や家事を支えて、
婚期を逃してしまう不幸を、その姿に見て、
急に長女の将来に不安を抱き、
縁談を急いで、嫁がせてしまう法國自由行

そしてめでたく嫁がせた日の夜、まるでお葬式のような気分に――
長女のいない真っ暗な二階の部屋を見上げ、
孤独の底に―― 陥る。



栄養と滋味と共に、どこかほろ苦さを含む秋刀魚香港如新

人生は(出世や家庭に恵まれて幸せな人であったとしても)、
ほろ苦いものなのだ、という絶妙なタイトル。  


Posted by Pir at 18:48Comments(0)life

2014年11月12日

卵焼きが言った

はてなブックマーク
ある中学生の女の子のお昼のお弁当に入っているおかず同士の会話だった。
毎日、狭い樹脂製の容器に詰められ、その上、学校に着くまで揺られていた。

その女の子は運動部に所属しているせいか成績も常に上位で、同じ年代の娘(子)よりスタイルが良かったのだが。唯一、野菜嫌いだった。

「ご飯が多くて窮屈だわ」
と黄色の卵焼きが皆の前で言った康泰旅行團
「幾ら、ご飯が好きだからと言ったって私達の事も考えてよ」
と手作りハンバーグも思わず叫んだのだ。
「本当よ、ご飯だけなら偏るのよ」
と野菜のブロッコリーも言い難かった事をつい言ってしまった。
「俺を責めるなよ。俺が少ないと倒れるぞ」
と今まで黙って聞いていたご飯が言った。
「確かに、そうだよな」
再び、卵焼きが言った。
「それともお弁当の容器が小さいのかな」
ご飯が多く何時も残すブロッコリーが悲しむように言った。
「でも女の子のお母さんはバランスよく作るのよ」
と再びハンバーグが言った旅遊保。女の子はハンバーグも好きだった。
「このお弁当を食べる女の子はご飯が大好きなんだって」
ブロッコリーが残す原因を皆に話した。
「へえー、そうなんだ。それが原因なんだ」
卵焼きが言った。
女の子は卵焼きが大好きだった。弁当箱には、毎日、欠かさず入っていた。
「あんなにスタイルが良いのに、年頃なんだね」
片隅にいた胡麻風味のホウレン草が最後に言った。
「やっぱりそうなんだ康泰領隊。あの年代の子はね。それに見た目も大切なんだ。もしそうなら残さないように食べるまで崩れないようにお昼までガンバローよ」
おかずを代表して卵焼きが皆の前で宣言した。

そのせいかその日の女の子はお弁当を残さずに食べた。
夕方になって戻って来た女の子は、空になったお弁当箱を台所にいるお母さんに渡して言った。
「お母さん、残さず全部食べたわよ康泰自由行
そう言うとそのまま自分の部屋に戻ったのだった。  


Posted by Pir at 12:20Comments(0)life

2014年11月03日

彼の作風には

のんびりしたときには、内田百閒のエッセイを読むことがある。

彼は、夏目漱石の直接の弟子としては、一番若く、
年代的には、芥川龍之介とほぼ同年代で同じ学校で教えてもいたようだ。
百閒のエッセイのほとんどには康泰導遊、何とも言えないトボケた味わいがある。
大いに笑わせる訳でもないが、
次第に引き込まれて行く魅力がある。
今でもかなりの巻数が文庫本として売られていているが、
あえて新刊に手を出さずとも、古本屋に行けば手頃な価格で買い求めることができる。
くつろぎながら、横になって読むような本。
ちょっとした癒しになるようなところがある。

彼の作風には、三つの要素が隠されていると言った人物がいる。
一つの要素は、諧謔(かいぎゃく)趣味。すなわちユーモア。
その典型は『阿房列車』康泰領隊
お伴を連れ、鉄道に乗って大阪まで行く話だが、
何のために行くのか、その意味がはっきりしないままトボケた旅をする。
二つ目の要素は、観察眼。
『ノラや』などにあらわれる自分自身の行動の描写は妙に鋭かったりする。
そして、三つ目の要素は、幻想世界。
幻想なのか実際の話なのか、その境界線がはっきりしない。
いわゆる虚実皮膜のようなところがある。
これらの三つの要素が、絡み合って独特の味わいを出している。

そして、意味のないものを愛する姿勢がそれに色を添えている。
今の世の中、大学教育に対しては、実社会に結びついた、
より実践的でより効率的な教育を求めている康泰領隊
それに基づいて「大学ランキング」などというものも発表されている。
東京大学が世界ランキングで何位という捉え方をする。

ところが、彼の言葉に、
「役に立たない事を教えるのが大学教育の真諦じゃないか。
社会に出て役に立たぬ事を学校で講議するところに教育の意味がある康泰導遊

「いいね!」  


Posted by Pir at 11:57Comments(0)life